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盛岡地方裁判所 昭和33年(行)8号 判決

原告 中野省一郎

被告 岩手県知事

主文

被告が昭和二五年四月二四日付岩手よ下第一七六号買収令書をもつて岩手県下閉伊郡岩泉町大字岩泉県三五地割字横道一三番の内四原野四八町二反六畝二〇歩のうち四町歩、右横道一三番の内九原野七町六反六畝二〇歩のうち三町歩についてなした買収処分及び右同日付岩手よ下第一七七号買収令書をもつて右横道一三番の一二原野六三町七反歩のうち八町歩についてなした買収処分はいずれも無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

主文掲記の地番の土地三筆はいずれも昭和一四年来原告の所有であつたが、岩泉町農地委員会は昭和二五年三月二日前記一三番の内四原野の一部四町歩、一三番の内九原野の一部三町歩と、一三番の一二原野の一部八町歩の各地域についてそれぞれ旧自農創設特別措置法(以下単に自創法という)第三〇条第一項第一号に該当する未墾地として、原告を被買収者とし、昭和二五年三月二日を買収時期とする未墾地買収計画を樹立し、法定の公告、縦覧等同法所定の手続を経由し、被告岩手県知事は岩手県農地委員会の承認を得たうえ右計画に基いて同年四月二四日前記一三番の内四、九の各一部について同日付岩手よ下第一七六号買収令書を、前記一三番の一二の一部について右同日付岩手よ下第一七七号買収令書をそれぞれ発行し、同年五月三〇日右各買収令書を原告に交付し、右各地域の買収処分をなした。(以下便宜上地番の下に土地の語を附していえばその地番の土地の全筆をいゝ、地域の語を附していえば買収部分を指すものとする。)

しかし、被告のなした右各買収処分にはいずれも次のような瑕疵がある。

一、前記各買収処分の基礎となつた未墾地買収計画は岩泉町農地委員会が正当な権限に基かないで定めたものである。

すなわち、前記一三番の内四、九、同番の一二各土地の関係位置は一三番の内四、と同番の一二各土地が隣接し、同番の内九土地は前記の二筆とは離れ、谷と峯に隔てられている。しかるに右買収計画樹立に当つた岩泉町農地委員会はこれらの土地がすべて相接続する一団地であるとし、右三筆の土地のうち一三の内四、九の地域について一計画、また一三番の一二地域について一計画とし前記のように二つの買収計画を樹立したものである。

しかし同一人所有のこのような土地を同時に買収しようとするときは当然単一の買収計画によるべきであつて、これをほしいままに数個の計画に分割することは自創法第三一条第一項第三八条第一項の各規定の趣旨を没却するものであつて、許されない。そしてこの場合前記自創法の規定にいう買収にかかる未墾地の面積は右三地域の合計面積である一五町歩により定められるから、これが買収計画樹立の権限は岩手県農地委員会に属し、岩泉町農地委員会には属さない。

二、前記一三番の内四、九各地域に対する買収計画は一三番の内九地域についてその対象の土地を誤つたものである。

岩泉町農地委員会は前記のように一三番の内四、九と同番の一二の各土地が相接続する一団地であるとし、右三筆の土地について前記二つの買収計画を樹立したものであるところ、一三番の内四と同番の一二各土地は互に相接するが、同番の内九土地と右二筆の土地との間には他の土地が介在しているのであるから、右一三番の内四、九各地域に対する買収計画は書類上買収すべき土地の一部として一三番の内九地域が表示されていても、事実は右一三番の内四地域に接続する他の土地を一三番の内九地域と誤つているものであり、この点において買収対象の土地を誤つている。

三、仮に右の主張がすべて理由がないとしても、前記一三番の内九地域に対する買収は一筆の土地の一部を買収する場合であるのに、実測その他買収範囲を特定するなんらの手続もなされておらず、実地においてもまた買収手続上においても、これを特定することができないから、右一三番の内九地域に対する前記買収計画はその対象の土地を知ることができない。

以上の瑕疵はいずれも、重大かつ明白であるから、前記各買収計画は当然無効である。したがつて右各買収計画を前提とする被告の前記各買収処分もまた当然無効である。よつて原告は被告岩手県知事に対し右買収処分が無効であることの確認を求める。

以上のとおり述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、原告主張事実に対する答弁として、次のとおり述べた。

原告主張の各土地が昭和一四年頃から原告の所有であつたこと、被告が原告主張の日時右各土地のうちその主張のような一部地域について岩泉町農地委員会の定めたその主張の各未墾地買収計画に基きその主張のような各買収令書を発行し、原告にこれを交付して未墾地買収処分をなしたこと原告主張の一三番の内九地域についてその主張のように買収範囲が現地において特定せずこれを特定する手続をとらないで買収処分をなしたことはいずれも認める。その余の原告主張事実は争う。

岩泉町農地委員会は昭和二四年七月二八日前記各未墾地買収計画を樹立、翌二九日それぞれ公告、同日より二〇日間書類を縦覧に付したが、これに対し原告から異議、訴願はなかつた。

前記買収計画及び買収処分は一三番の内四、九各地域に対するものと一三番の一二地域に対するものとの二個であり、それぞれの買収面積が一〇町以下であるから、なんら自創法第三八条第一項同法施行規則第二四条の規定に牴触しない。同法条にいう買収にかかる未墾地の面積が一〇町歩を超えない場合というのは一筆からの買収面積が一〇町歩を超えない場合をいうのであり前記のように各筆からの買収面積がそれぞれ一〇町歩を超えない場合は市町村農地委員会においてこれが買収計画を樹立しても違法ではない。

よつて原告の請求は失当である。

以上のとおり述べた。(立証省略)

理由

原告主張の各土地が昭和一四年以来その所有であつたこと、昭和二五年五月三〇日被告が、自創法第三八条により岩手県岩泉町農地委員会の定めた原告主張の未墾地買収計画に基き、右各土地中岩手県下閉伊郡岩泉町大字岩泉三五地割字横道一三番の内四原野の一部四町歩、右同所同番の内九原野の一部三町歩について、原告を被買収者とする昭和二五年四月二四日付岩手よ下第一七六号買収令書を、また右同所同番の一二原野の一部八町歩について、原告を被買収者とする右同日付岩手よ下第一七七号買収令書をそれぞれ発行し、右各買収令書を原告に交付して、右各土地について自創法第三〇条第一項第一号による未墾地買収処分をなしたことはいずれも当事者間に争のないところである。

一、よつて先ず右未墾地買収計画について岩泉町農地委員会がこれを樹立する正当の権限を有していたかどうかの点を検討する。

方式及び趣旨により公文書であることが明かであるから真正に成立したものと推認し得る乙第一、二号証によると、前示各買収処分中一三番の内四、九各地域に対する買収処分が、岩泉町農地委員会作成にかかる昭和二五年三月二日付買収計画第よ二四五号岩泉町松坂地区未墾地買収計画書をもつてその買収計画を定められ、該書面において右計画内容として、買収すべき土地が右一三番の内四原野中四町歩、同番の内九原野中三町歩合計七町歩、その買収対価が三、〇二四円、買収時期が昭和二五年三月二日、これが開発計画は開畑その他とする旨記載され、また前記一三番の一二地域に対する買収処分が同じく前記委員会作成にかかる右同日付買収計画第よ二四六号岩泉町松中地区未墾地買収計画書をもつてその買収計画を定められ、右書面においてその計画内容として一三番の一二原野中八町歩、その買収対価が三、四五六円、買収時期が昭和二五年三月二日、これが開発計画が開畑その他とする旨記載されていることが認められ、また成立に争のない甲第四号証によれば、一三番の内四、同番の一二各土地が相互に隣接していること、一三番の内九土地は前記二筆の土地との接続は絶たれていても、その間にはわずか数筆の土地が介在するのみで、右二筆の土地とはその所在の字、地割を同じくし、地番も一三番という元番を共通にしていることが認められ、この事実から、前記一三番の内九土地は同番の内四、同番の一二各土地に近接して位置することを窺うことができる。さらに、前記甲第四号証により認められる前記三筆の土地がいずれも山の斜面に位置し地形上格別の差異のない事実、前記乙第一、二号証により認められる前記一三番の内四、九、同番の一二各買収地域がひとしく反当り四三円二〇銭の同一単価をもつて買収対価を定められ、地価の評価を異にしない事実を考え合わせると、右三地域はその農地開発上の自然的社会的諸条件をもほぼ同じくしているものと認めることができる。そこで右三筆の土地の上記認定のような状況からすると、このように土地の各一部が開墾適地として同時に未墾地買収計画の対象とされる場合には、右各地域はこれを合して一地区と目し、これを一丸とする単一の未墾地買収計画により処理することを相当とする地理的関係にあるものということができる。

のみならず、前記各計画に対する岩泉町農地委員会の買収手続上の取扱を見るに、前記二通の計画書は同一の作成日付と連続する進行番号を付されており、計画樹立後の公告、縦覧等の手続もすべて同一期日になされていることは前示認定のとおりであつて、これによれば、右各計画はその形式において二個のものとはいえ、同時に立案された一連の計画であることが明かである。さらに、前示認定の各買収計画書の記載によつて右二計画の内容を比較しても、両者は殊んどその軌を一にし、その間に格別の相異を看取しがたいばかりでなく、成立に争のない甲第三号証によると、右の各買収地域はこれを一括して同一売渡計画書をもつてその売渡計画が定められており、以上の各事実を考え合わせると、前記各未墾地買収計画はその内容も極めて近似していて、これを同一計画の内容として定めても別段の支障のある場合ではなかつたことが明かである。

してみると、前認定のすべての事実をそう合して、前記一三番の内四、九、同番の一二各地域に対する未墾地買収計画はこれを単一の計画として樹立することを相当とし、ことさらこれを二計画に分たねばならぬ必要性も、一計画をもつて処理することの障害も全くなかつたことを察知するに難くないのである。

しかも、右認定に、成立に争のない甲第七号証を考え合わせると、岩泉町農地委員会はその頃農林省よりしきりに未墾地買収計画の樹立を督励せられた結果、原告所有の右各地域をもつてその責を果そうと考えたが、これが買収計画を、これらの地域を一丸とする単一買収計画をもつてしては、その計画書自体から計画面積が一〇町歩を超え、右計画樹立の権限が同委員会に属さないことが明かとなる関係上、これを避け、ことさら、それぞれの計画面積が一〇町歩以下となるよう一三番の内四と同番の内九各地域のみを組合わせ、一三番の一二を切離し、前記のような二個の計画に分けた形跡を窺うに十分である。

元来、自創法第三一条第一項第三八条第一項、同法施行規則第二四条の各規定が未墾地買収の場合買収にかかる未墾地の面積が一〇町歩を超えるかどうかを標準として買収計画樹立の権限を都道府県農地委員会と市町村農地委員会とに分属せしめた趣旨から考えると、自創法第三八条第一項の規定にいう「買収にかかる土地の面積」とは買収計画にかかる土地の総面積を意味し、したがつて、右面積は一買収計画毎に当該計画において対象とされる土地の総面積によるべきものと解するのを相当とするけれども、一計画の樹立についてその計画対象土地をどのように組合わせ、または分離するかは必らずしも市町村農地委員会の裁量に委ねられているわけではなく計画対象たる土地が相接して単一の地域をなす場合はもちろんのこと、本件のように接続しない数個の土地でも、それが農地開発計画上近接して存する一群の土地として目される地理的関係にあり、かつ自然的社会的諸条件をも同じくするような場合には市町村農地委員会は、右規定の精神から、これを一買収計画として樹立することを要し、これをほしいままに数計画に分割して、市町村農地委員会に課せられた権限の制限を潜脱することの許されないのはいうまでもない。

したがつて、前記のような関係にある数地域の未墾地に対し、市町村農地委員会が、同時に、これを対象とする買収計画を樹立する場合には、該計画が右委員会の権限に属するかどうかは、単一地域の全部を同時に買収計画の対象とする場合と同じく、樹立する計画の形式上の区別にかかわりなく、該地域全体の総面積が一〇町歩を超えるか否かによつてこれを判定すべきものと解さねばならない。

しからば、本件の場合、計画対象たる一三番の内四、九、同番の一二各地域はすでに説明したような関係に置かれており、しかもこれらを一括して単一の買収計画を定めても別段の支障がなく、これを分割して数計画とする必要性もなかつたこと前記のとおりである以上、右三地域に対する未墾地買収計画樹立の権限が岩泉町農地委員会に属するかどうかは前示個々の買収計画の計画面積によらないで、右三地域の合計面積によるべきものであつて、これによれば本件において買収にかかる未墾地の面積は一五町歩となるから、これが買収計画樹立の権限は岩手県農地委員会に属し、岩泉町農地委員会には属さなかつたものというべきである。

そうすると、前記各未墾地買収計画はいずれも岩泉町農地委員会が正当の権限に基かないで定めたものであり、その瑕疵は重大かつ明白であり、当然無効といわなければならない。したがつてこれを前提とする前記各未墾地買収処分もいずれも適法の前提を欠くこととなり、当然無効であるといわねばならない。

この点の原告の主張は正当である。

二、次に一三番の内九地域について、対象土地を誤つていたかどうかの点について考えるに、前段認定の事実により、岩泉町農地委員会が本件三筆の地域について前示認定のように二つの買収計画を樹立したのは、前段説明のような事情のためことさらにしたものであり、本件一三番の内九地域について原告主張のような対象の誤認のないことが窺われる。甲第八、九号証の各一、二によつても右認定を左右するに足らない。他に右原告主張事実を認めるに足る証拠がない。

この点の原告の主張は失当である。

三、さらに一三番の内九地域の買収の範囲が不特定かどうかの点について考えるに、この点の原告主張事実は前示のように被告の争わないところである。

買収の範囲が現地においてもまた買収の手続上においても特定していないときは、その買収の処分は不明確な事項を定めるものであり、何を買収するか結局不明なことになり、重大かつ明白な瑕疵があるものとして当然に無効といわなければならない。したがつて本件一三番の内九地域についてなした前示買収計画及びこれを前提としてなした前示買収処分もまたこの点において無効といわなければならない。

この点の原告の主張は正当である。

よつて原告の本訴請求は前示一、三の点において正当であり二の点において失当であるが、右一、二、三の請求は順次予備的になされているものと解し、本件各買収処分の無効確認を求める原告の請求を認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 村上武 須藤貢 野口喜蔵)

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